和田憲幸のブログ

札幌市南区在住、個人事業のWebエンジニア 和田憲幸(38歳)のブログです。

ベビーカーは邪魔か

東武東上線の「駅や車内でベビーカーをご利用になるお客さまは周りのお客様に配慮し、十分ご注意ください。」という注意書きが賛否両論らしいですが、ベビーカーってはっきり言って邪魔ですよね。

2018-05-15 02:04:18
入力時間 / 16:56

親になった今ならハッキリ言える!ベビーカーは邪魔くさいと!

ということで、この注意書きを批判している人は「弱者側に注意を促すとはけしからん」という道理らしいが、それは本質と異なるだろう。弱者だから注意しなくていいって道理はどこから生まれるのか。そもそもがそういった考え方こそが育児を肩身の狭い立場に追いやってるって事がなんでわからんのかな。

ベビーカーは邪魔。それは揺るがない。

狭いスペースや人混みの中でベビーカーは前提として非常に邪魔。それは子を持つ親としても同様に邪魔くさいと思う。子育てしてるから、子どもがいるから、邪魔じゃなくなるわけじゃない。子育てしてるから、邪魔が許される特権を持ってるわけでもない。だから、基本的に配慮をすべきはやはり迷惑をかけている側であるべきという前提を覆すことはできない。

しかし、育児に寛容な社会であってはほしい

そこで求めるべきは迷惑をかけられる側の寛容さであって、堂々と迷惑をかけていいという道理とは少し異なると私は思う。強者とか弱者とか、そういった問題ではなく意識の話であり、マナーの話だと私は思うから。

そもそも電車を利用する主体はベビーカーではない。子育てをしている人が弱者って考え方もどうかと思うけど。

プラスアルファとしての寛容

寛容ではない相手を攻める事は違う。寛容さを求めたいのは誰だって同じ。それは育児をしてようがしてなかろうが関係ない。「なんで育児に寛容じゃねーんだよ!もっとバックアップしろよ育児を!」って輩がいるから、育児をしている人たちの肩身が狭くなるってこともあると思うんだけどな。

育児してても、してなくても、基本的に対等であるべき。その上で、育児をしている人にみんなが配慮をしてくれるような寛容な社会が求められているんじゃないかな~と親として私は思います。配慮しろよ!なんて自分で言うこっちゃないよね~。

ということで、こういう注意書きひとつでピリピリするような世の中は寛容じゃね~な~と私は思います。まぁどっちにしてもベビーカーは使う側も周囲も結構邪魔くさいっすよね。なので私はおんぶ派です。おんぶいいですよ!前抱っこより全然いい!

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P.1896

Moonさん
これは否定かな。
邪魔であることに変わりはないので、できるだけ混雑する時間を避けるなどの配慮は必要だけれど。
子供の重さ+着替え+おしめ+ミルクの用意+離乳食+自分の荷物...
いくら力持ちでも、女性一人が持ちきれる重さでは無いことを理解して欲しい。
おんぶして、両手に荷物持って...肩がちぎれそうになって大汗かいて。
私も育児しているときは極力おんぶしていたけど、皆んながみんな健康体ではなくて、
私みたいに元気そうに見えても後遺症でリュックの背負えない人もいるから。2018-06-13 14:18:06
ともさん
もう少し深く考えてみてほしいな、と思いました。
ベビーカーが場所を取るのはその通りですが、では果たして、邪魔であればイコール「迷惑をかけている側」なのでしょうか。

たとえばすごく太っている人は、時差通勤すべきですか?
スーツケースやバックパックを持った観光客より、通勤客は優先されるべきでしょうか。
迷惑具合で言えば酔っ払いなどその最たるもので、大声とニオイを撒き散らしたり、ホームに吐いたり、駅員さんを殴ることが問題視されているにもかかわらず、今日も当たり前のように電車に乗っているわけです。

「迷惑をかけている側として振る舞うべき論」にはもともと脆弱性があり、それは、その「迷惑」そのものが非常に恣意的に、かつ無意識に選択される点です。皆、「自分がやらないこと」「言っても大丈夫な相手」しか迷惑行為には認定しないですから。
まずはその偏りに対して、きちんと意識的にならなくてはいけないと思いますよ。2018-08-07 05:49:34
和田
> Moonさま
私も背負いすぎて後遺症が出るほどではありませんが腰をやってしまいました(私の場合は単に運動不足が祟っただけですが…)。周囲が理解することは大前提だと思いますが、だからといって邪魔ではないかというとそういうわけではない、という意味合いだったのですが、なかなか説明が難しいですね。自身は邪魔として振る舞って、周囲は邪魔じゃないと振る舞う、というのが社会のあり方として理想かな~と。

> ともさま
極論いえばみんな邪魔だと思います。太った人も酔っぱらいも。話は飛びますが例えば老人が居て、席に座っている人に「俺は老人なんだから席を譲れよ」と言ったら嫌な感じじゃないですか。結果として「老人に席を譲る」という目的に辿り着くのは同じだったとしても、プロセスと意識の問題として、双方が謙虚に相手に敬意を払って振る舞う、という姿勢が私は大事なんじゃないかなと思っています。上のコメントにも同じこと書いてしまいましたが、「ベビーカーが邪魔ですいません」だけど周囲は「いいえ、いいえ、全然迷惑だなんてとんでもない」と諸手を挙げて受け入れる、というような意識が双方に構築できたほうが、関係性が健全なんじゃないかなと私は思います。2018-08-18 22:47:24