和田憲幸のブログ

札幌市南区在住、個人事業のWebエンジニア 和田憲幸(40歳)のブログです。

いじめ

いじめと書くよりも虐めと書くほうがインパクトがあって良いですね。

2012-07-11 05:42:03
入力時間 / 17:41

「肉体的、精神的に自分より弱いものを、暴力やいやがらせなどによって苦しめること。(大辞泉より)」とのこと。私は子供が居ないからわからないけど、自分の子供がイジメに遭遇したらどうするだろう。

大津市のいじめ問題が取り沙汰されていますね。まぁ当事者ではないので伝聞するところしかわからないから、学校が悪いとか教育委委員会が悪いとか言えませんが、もしイジメに遭遇すればどう行動することが正しいのかを考えてみよう。

いじめを知るための環境づくり

まず、家庭内で「いじめ」に遭遇した場合に速やかに親に報告するための環境を整える事は必須ですよね。「いじめに遭わない事が前提」ではなく「いじめに遭うことが前提」とでも言いましょうか。これは会社なんかでもそうですが、報告ってすごく大事。知ることができれば対策を立てる事ができるもの。だから、親子関係は「いじめを受けた報告」を速やかに親に通知できるための関係性の構築が大切ですよね。思春期の子供は複雑なので難しいかもしれないけど。

いじめが発覚した場合の対処

私がいの一番に思いつくのは転校。なぜなら「いじめ」という事象が既に起こってる環境において、何らかの改善を外部から望む事自体が恐らく困難だから。ただ引越しが必要な場合などは、これも難しいんでしょうねぇ。

イジメられる子とイジメられない子

「イジメられている方にも原因がある」なんて言いたいわけではありませんが、それでも「イジメられる子」「イジメられない子」が居るのは事実。イジメられる子が無作為に選出されるわけでもないと思うので。言い方は悪いけど、その前提を元に家庭では「イジメられる確率が低い子」を育てる必要があると私は思います。

いじめの問題に関しては、もちろんいじめてる人間が悪いのはもちろんの事ですが、防衛策のひとつとして「イジメられてる人間」がなにゆえイジメられるのかをもっと掘り下げて考える必要もゼロではないと思うんですけどね。いじめてる側の人間もなんでいじめるのか。おそらくは家庭環境に何かしら問題があるんでしょうけどね。

朱に交われば赤くなるなんて言葉があるように、学校という多くの価値観が混在する場所に子供を放り込むというのはとてもリスクの高い行為なわけです。腐ったみかんという訳でもないですが、多様な価値観を感受した子供がいつ何時「いじめる側」になっても「いじめられる側」になってもおかしくないというのは怖い話です。

教育現場に期待できそうにない昨今においては家庭内でもっと「いじめに関わる可能性の低い人材」を育成しなきゃいけない時代になってるのかもしれませんね。嫌な話ですけども。教育って本当に難しいですね。

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