和田憲幸のブログ

札幌市南区在住、個人事業のWebエンジニア 和田憲幸(40歳)のブログです。

元犯罪者に石投げつける世の中

酒鬼薔薇聖斗の本が出版されて物議を醸していますね。遺族の同意なく出版されたこと自体は問題ですが、必要以上に叩く人たちは何なんだろう。

2015-06-14 08:20:06
入力時間 / 24:42

この記事を読んで「なるほどな~」と思った。そしてコメント欄を見て愕然とした。まさに記事中で触れられている感情論にあふれていたためだ。私もこの記事を読んで無断で出版したことは問題だが意義は確かにあるなと感じたが、それは少数派の考えなのかな?

コメント欄を見ているとちょっと切ない。それは例えるなら元犯罪者が街を歩いていて石ころをぶつけられているような、そんな印象。例えばだけど、元犯罪者が「元犯罪者です」ってタスキでもかける世の中だったら、周囲の人は元犯罪者に石ころをぶつけるだろうか。今の日本ならそれがあり得そうで私はうっすら怖いなぁと思う。

日本は法治国家だ。罪を犯せば法によって裁かれ刑に服す。刑期を終えた人間に石ころをぶつけたり罵詈雑言を投げかける事はどうなのかな。罪を犯した人間は笑っちゃいけないわけじゃないし、その後に幸せになってもいけないわけでもない。それが法というものではないか。

もちろん遺族の感情としては決していい気持ちはしないだろう。自分の子を殺した人間が笑うだけでも、メシを美味そうに食うことすら許せないかもしれない。でも叩いている人の多くは遺族ではない。コメントを見ると「遺族の気持ちを考えろ」と書かれているが、少なくとも山下彩花ちゃんのご遺族の方は肯定的な意見を示しているようですしね。

もちろん人を殺したら駄目なのは当たり前。だけれども、記事にも書かれているがそれを社会としてどう扱っていくかは考えるべき事なんじゃないのかな。確かに人の命を奪っておいて、なぜのうのうと生きられるのか、と考えると心象はよくないけれど、だからと言って「一生苦しんで生きろ」と部外者が言うのもどうなのかな~と私は思うのだが。

この記事のコメント欄を見る限り、多くのコメントは稚拙というか幼稚というか、あんまりこの記事しっかり読んでない人が多いんだなぁと。まぁ見出しに対して感情をぶつけている人たちばかりなんでしょうけどね。

こちらの記事で山下彩花ちゃんのご遺族の方が述べているように「彼自身も彼の家族も不幸にならずに済んだのでは」という寛容な言葉に全てが凝縮されていると思うんですけどね。

今の日本の炎上にしろ何にしろ石ころをみんなでぶつけるような世の中は私はあんま好きくないなぁ。

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P.1709

吉田真太郎さん
概ね同感です。
少しお書きされた内容とはずれますが今回の件の問題は著者名を"元少年A”としたところに問題があると思います。表現の自由の権利を行使する代償、もしくは表現や言論を行うには最低限、自分が今どのような人間なのかを公表するのは条件になるのではと考えます。(ネットでは多いですが匿名の主張などは批評をかわせますし安全な位置にいて好き勝手言っているのと変わりません。今回の件はそれに準ずると思います)

その点、あらゆる批判やリスクを覚悟の上で顔も実名も世に出し、手記を出した麻原彰晃の三女、松本麗華さんとは手記の重みが違うかと考えます。

なのでリスクを持たず、匿名で世に出した事への感情も一部あるのではないかと。2015-06-22 17:28:38
関西人さん
被害者遺族の土師さんは「息子は二度殺された」として今回の件を強く非難しています。

加害者が一生許されずに生きるべきだとは思いませんが、被害者感情を無視してまで加害者を救済する必要があるのだろうかと疑問に感じます。2015-06-29 11:04:13
和田
>吉田真太郎さま
そうですねぇ、出版自体にそもそもの問題があることは明白ですからね。ただ遺族と話し合いを持ったとしても出版は実現できなかったのかもなぁとも思います。少なくとも私が遺族なら恐らく出版を許可しない。事件自体の事、起こってしまったことを完全に抜きで考えると加害者の人生は悲惨だなと。やってしまったことだから自業自得なのはそうですし、遺族はもっと悲惨なのだからというのはわかるんですが、誰の立場から見ても救いが無い話ですよね殺人事件なんて・・・。

>関西人さま
確かにそうですね、被害者ありきで考えるのは至極妥当だと思います。出版した事自体問題ですが、それでも本自体の存在意義は少しはあったのかなとも思います。難しいですねぇこういう問題は・・・。2015-07-04 05:14:27