和田憲幸のブログ

札幌市白石区在住、個人事業のWebエンジニア 和田憲幸(43歳)のブログです。

悩みの源泉

この身を焦がすような悩みはどこからくるのか考えてみた。意外と簡単だった。

2013-05-09 06:28:24
入力時間 / 12:27

人間誰しも悩みますよね。「考える葦である」とはブレーズ・パスカルのお言葉ですが、悩むから人間であり人間だから悩むとも言えるのではないか。でも悩みって時には鬱陶しい。時にはっていうか、むしろ邪魔臭い。この「悩み」はいったいどこからやってくるのか考えてみた。

悩みの源泉はゆとり

これでまず間違いないんじゃないかなと。え?なんか矛盾してない?って気はするけど、恐らく「悩める状態」というのは「ゆとり」が無い状況では発生しない。「考えるゆとり」があるから「悩む」のではないか。もしくは「選択するゆとりがあるから悩む」とも言えるかもしれない。

例えばすごく腹が減っていて、目の前にラーメンがあったら何も悩まない。
例えばちょっと小腹が空いていて、ラーメンと餃子定食があったら悩む。

基本的にはそういう事なんじゃないかな「悩む」ってことは。選択肢があるから取捨を考えるし、ゆとりがあるからそこに思考を費やせる。まさに贅沢な悩みだ。お、うまいこと言っちゃったね。

今よりお金ない頃、今より仕事ない頃、まったく悩まなかった。目の前の事にフォーカスしてたから。それどころじゃなかったし。でも、今はすごく悩む。これは私が人生に対して怠慢であることの証明に他ならないのではないか。

多くの場合「悩んだ所で解決しない」し、また「悩んだ所で答えは変わらない」。それが理解できているにも関わらず悩むというのだから救いがない。私はもっと追い詰められる必要があるのかもしれない。

思考・思索を悩みに費やす暇もないほど、不安や焦燥に駆られる暇もないほど。
安寧はこころを駄目にする。いや、もちろんそれは私の心が弱いためだが。

自分を追い込むために、ちょっとなんか突飛な事でもやってみるかな。

TAG

P.1435

うんち君さん
くだらないことでくよくよ悩んでる時間も案外楽しいですよ。
そんな自分も嫌いじゃなかったりします。2013-05-11 09:40:17
var a さん
>例えばすごく腹が減っていて、目の前にラーメンがあったら何も悩まない。
>例えばちょっと小腹が空いていて、ラーメンと餃子定食があったら悩む。

前者はラーメンを食べるという選択肢しかないが後者はラーメンと餃子の2つから1つを選べるのでこの2つは根本的な状況が異なっていると思いますよ。

これでは悩む余裕云々の比較ができないのではないかと2013-05-11 18:33:19
config.sysさん
"つらいことが多いのは感謝を知らないからだ
心配する事が多いのは今をけんめいに生きていないからだ"
ttp://meigen.ko2ko2.net/2013/05/1897.html

行動せず悩む人ほど「経過が大切」そう自分へ言い聞かせ行動を保留するのだと思います。日本の学校教育がそうだから日本人の仕様でしょう。

悩めるのは幸せ。すぐ行動が重要と気付いた人も幸せ。

幸せの源泉が自分を追い込み始めた時のマイナスから目標となる結果としてのプラスへ向かう差とするなら、自分で自分を追い込める人間は幸せを求めていると思いました。2013-05-11 23:53:08
和田
>うんち君さま
あたしもウジウジするのが性分みたいな所があるので、嫌いではないのですが、あまりにも落ちすぎると他のことにフォーカスできなくてイライラしてしまいますねぇ・・・。

>var aさま
例えがわかりづらくてすいません・・・。クッソ腹減ってたらどっちでもいいし、そんなに腹減ってなかったらどっちかを吟味する。ということを簡潔に伝えたかったのですが、すこし論点がブレてしまいましたね。

>config.sysさま
人間って怠惰を求めるように設計されてるんでしょうねぇ(笑)あ、これは私だけかもしれませんね・・・。必死はやっぱりイヤですが、それでも一生懸命ではありたいものですね。2013-05-20 04:42:36