和田憲幸のブログ

札幌市白石区在住、個人事業のWebエンジニア 和田憲幸(43歳)のブログです。

褒められるとうれしい

私は褒められて伸びるタイプです。叱られるとふてくされます。

2011-09-11 22:57:51
入力時間 / 13:21

以前もどこかで書いたけど、何かをつくることが好きになったのは海水浴に行った時の絵を母に褒められた事がきっかけでした。すごいヘタな絵だったと記憶しているのですが、過保護全開の母に褒められてとても嬉しかったな。褒められるのってうれしいですよね。そんな些細な事がきっかけです。

私は褒められる事が大好き。だった。父や母から褒められたかったなぁそういえば。褒められたい!というのは言い方をかえると評価されたいって事ですよね。社会人になったあとも、上司から認められたいと思ったし、会社から必要とされたいって思った。それはやはり褒められたかったんだと思う。

そんなこんなで私は露骨に褒められて伸びるタイプになりました。なので叱られるとすごくふてくされます。ろくな社員じゃねぇな・・・。今になってわかる当時上司だった皆様の気苦労。ある時はふてくされて「やりたくありません」くらいのふてくされを発揮するほどのわがままに。Y田さんやS藤さんあの時はほんとすいません。最低の社員ですね。

褒められるという事への変化

ある程度技量や知識が伴ってくると「褒められること」では満足できなくなる。特に私が嫌いなのは手放しで褒める人。最初はうれしかった「褒められること」ですが、いつの日か「褒めて欲しい部分を褒めて欲しい」と思うようになった。それはつまり、自分のこだわった部分や注力したところ、よくできたなと自分で思っている部分を褒めて欲しいってこと。つまりは「よく見て褒めろ!」ということ。おごってますね完全に。でもこれはあながち間違ってはいないと思う。

私自身がそうなので、私は闇雲に褒めるようなことは絶対しない。相手が何を考えてそれを作ったのか。どのぶぶんにこだわりを持っているのかを可能な限り洞察するように心がけている。「いいですね!」と言われるよりも「この部分のここがこういう感じでいいですね」と具体的に評価されるほうがやっぱり私自身がうれしいからだ。

褒められて嬉しいは次のステージへ

そして30を過ぎ褒められて嬉しいというフェーズは終わりを告げた。他人から褒められたら確かにうれしい。でもそうじゃなく、最終的には自分自身が褒めることができるのが最高なんじゃないかなという結論に達した。社会から離れ、企業から評価される必要もなくなった今、心からそう思う。自分が自分を褒められるか否か。って大切だと思うんですよね。ほんといつもどおり自分勝手全開だども。

最初は周囲からの評価が嬉しかった。でもやはり最終的に相対すべきは自分なんだろうな。
まぁそんなこといってもやっぱり褒められる事は嫌いじゃない。というか好きですね。
人間て複雑なようでいつでも単純なもんですよね。

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