和田憲幸のブログ

札幌市南区在住、個人事業のWebエンジニア 和田憲幸(40歳)のブログです。

トーンポリシングポリシング

トーンポリシングという言葉をいまさら知った。「冷静に」とか「平和的に」と呼びかけることはトーンポリシングと取られることがあるのだという。

2020-06-02 11:46:31
入力時間 / 17:03

世の中は本当に広いし、この世界には多くの言葉があるんだなぁ。罵詈雑言・誹謗中傷を諌める言葉をかけることは「トーンポリシング」として論点をずらしているように相手に受け止められることがあるのだという。私にはそんな発想が全く無かったのでとても驚いた。世界には多くの人がいて、本当に多様な考え方・受け止め方・発信の仕方があるのだな。

しかし、私としてはどうにも腑に落ちない。なぜなら私は感情的な議論を善しとできる性分では無いためだろう。私の人生経験において感情的に何かをやって良い結果になった試しがないからだ。

そもそもこのトーンポリシングという言葉をどこで知ったかというとTwitter上で感情的な議論を諌めている人に対して「それはトーンポリシングだ」といった流れの中で知ったんです。

屁理屈ですがトーンポリシングだって言ってる人はトーンポリシングポリシングだよなぁと私は思いました。まぁこれを書いてる私はトーンポリシングポリシングポリシングなのかもしれないけれど。

これってすごく暴論で極論ですがテロの容認に近いと思うんですよ。感情的でOK!平和的じゃなくてOK!声をあげる人を諌める事はトーンポリシング!って、それ言ったらルールもモラルもあったもんじゃなくない?法律も民主主義もへったくれもなくない?目的を達するためには手段を問わず人を殺してもOK!みたいな印象を私は受ける。

私は現在のSNS上で発信されている諌める声の多くは「非建設的だよ」という忠言に近いものだと思っているのですが、それをトーンポリシングだ!論点ずらしだ!と跳ね返してしまうことは、なんだか悲しいというか、本当に非建設的だなと思います。

今、アメリカが大変な事になっていますが、積年の鬱積されたものがもちろんあることはわかりますが、だからといって暴力に訴えることは決して賢いやり方ではないでしょう。もちろん、アメリカの有色人種の人たちがどれほどまでに強い怒りを抱えているか私には計り知れません。

こうやって大きな問題が起きてはじめて社会が前進するということも否定できません。だから確かに「冷静に」とか「平和的に」と考える私は、まー恵まれた人生を歩んでいるのだろうなぁ。

ただ、こと日本国内においては「トーンポリシング」という言葉が、反論に対する反論のツールとして都合よく使われている印象を私は受けました。海外の生まれたときから、生まれる前からの根深い問題と同列にこの言葉を利用するのはなんだかなぁと感じたのです。

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