和田憲幸のブログ

札幌市南区在住、個人事業のWebエンジニア 和田憲幸(39歳)のブログです。

ズルイと思ってはいけない

またテレビゲームから学んだ事なんですけど、人生においてズルイって思ったら駄目だなって話。別にチートに関して寛容なわけではないんですけどね。

2019-03-25 04:38:29
入力時間 / 18:22

テレビゲームをやってると、どうやって「ずる」するかって事に思考を巡らせがち。私(39歳)の世代でいえばウルテクや裏技、バグ技なんて呼ばれる「ずる」です。ようは開発者の作った世界のルールをどうやって破るか、ってことですね。

プログラム開発などではまさにその発想がとても大事で、どうやって「ずる」して工数を減らすかって考え方が必要になります。そんなわけで、少なくとも私はテレビゲームから世界を壊すことなくルールをどう破るか、規則・制約をどうすり抜けるか、ということを学びました。

世間一般ではずるはいけないこと

しかし、世間一般で考えると「ずる」をすることはいけないこと。という風潮がありますよね。辞書によると「ずるい」とは「人をだしぬいて自分が得をするような、正しくないやりかた。」とのことです。まぁ確かに正しくないやり方、という意味では「ずる」はやってはいけないことだと私も思います。しかし、もしそのやり方自体が禁じられていない(ようは抜け道)のであれば、「ずる」はアリだと私は思っています。

無論、昨今のオンラインゲームにあるような違法なチート行為やチートソフトを利用するような下賤なズルは論外です。その手のチートには美しさが無い。ただズルしてるだけだ。しかし、数多のトライアル&エラーを経てその世界の抜け道を見つけ出したのであれば、私はその抜け道を通る事を悪だとは思わない。もちろん規約や法律に抵触していないということが前提ではありますが。

ズルイと思うなら自分もやればいい

そこで本題ですが、もし誰かまたは何かを見て「ズルい」と感じるのであれば、自分もやればいい。しかし、もしその「ずる」を自分がやりたいと思わないのであれば、それは甘んじて受け入れて然るべきだ。自分の価値観・尊厳を守るためにそれをやらないのであれば、それを「ズルイ」と批判することをすべきではない。

ようは「ズルイ」という発想自体、多くの場合で逃げ口上として利用される事が非常に多い気がする。「私は負けて当然。だってあいつはズルをしているから。」そう考えてしまうと、自分自身が負けたことに対して自責がなくなってしまう。自責がなくなれば当然、自分自身の成長の目が消えてしまう。

格闘ゲームでは強キャラ(能力的に偏差が高いキャラ)と弱キャラというのがあり、強キャラを使うと「ズルい」「強キャラだから勝って当たり前」みたいな風潮があったりします。でももしそう考えるのであれば自身も強キャラを使えばいい。もしそれをしないのであれば、ズルいとか言っちゃ駄目ですよね。自身の美学によってそうしないのであれば、そこに誇りを持たないと。

っつーことで許容範囲内のズルはアリだし、そのズルに対してズルいと思うことは自分自身の能力の天井を下げる行為だなと私は思っています。

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P.1925

くっちさん
ゲームで勝率を上げるために最近強キャラを使い始めました笑
勝てるようにはなりますけど、確かに周りの反感もすごいです。運営(強キャラ)今すぐナーフしろ!とかですね笑
また、強キャラ同士の戦いという新たなステージが待っているわけで。

ずると言ってしまうとアレですが、生き残るための知恵と言うこともできそうです。
プログラマーは「めんどくさい」と思うことが発想の原点みたいなこと聞いたこともありますし
それも「問題解決への近道」と言えるのではないかと。

ポジティブな言い換えって結構大事だと思っています。2019-03-25 08:36:34
和田
> くっちさま
強キャラもバランス調整で弱体化ということもままありますしね(笑)
自分以外が選択した手段に対して、それが規約内・法律内であればズルいなんて言っちゃいけませんよね!2019-03-25 17:12:45