和田憲幸のブログ

札幌市白石区在住、個人事業のWebエンジニア 和田憲幸(44歳)のブログです。

父と私と子

私も一児の父となりまして、全然未だにピンときていないんですけどこうありたいなとか、こうなりたくないな、みたいなことをアレコレ考えるようになりました。

2016-02-20 03:53:50
入力時間 / 17:44

和田家の長男

うちの子です。男の子です。可愛いですねぇ子どもって。泣いても笑ってもかわいい。で、子どもができて考えるのはやっぱり両親の事なんですよね。

当たり前に最も身近な父親像は自身の父なわけですから、父のことをよく想うようになりました。父の生き方の事や、父の私への接し方の事など。決してすべてを踏襲しようとは思っちゃいませんが、それでもこうしてくれて嬉しかったという点は可能な限り引き継いでいきたいなと思ったりします。

放任主義でよかった

うちの両親は超がつくほど放任というか、あまり子に干渉してこなかった記憶があります。学校のこと、野球少年団のこと、進学や就職に至るまで特に親と話し合いの場をもった記憶はありません。私の自主性を重んじているというよりは、関心がなかったからかもしれませんが(笑)

大人になってから気づいた事ですが、それは比較的珍しい親子関係らしく、親になった今ならわかりますが手放しで子の自主性を尊重するというのは勇気がいることだと思います。私も可能な限りそうありたいなぁと思っています。

やりたいことはやらせる。やりたくないことはやらなくていい。

父のスタンスはそういう感じでした。「兎に角いろいろとかじってみろ」というのが基本的な教えだったので、いろいろかじってはすぐ辞めたりしましたねぇ。この歳になって痛切に感じるのは「好きだということがいかに大切か」ということ。父は私に好きなことを見つけて欲しかったのかな~とうっすら考えます。おかげさんで見つけましたよ好きなこと!

父として生きない、自分として生きる

「父として」なんて考えて生きてたら疲れちゃいますからね。印象に残っている父の言葉で「俺は好きなように生きたからお前も好きなように生きろ」的なのがあって、私もかくありたいなと思ったものです。

両親が私のために両親であろうとすることがもし負担になっていたとしたら、私は両親に対して申し訳ないと思うでしょう。私は私の父が、私の父である前に、和田静雄という個人であってくれたことが子として何よりも嬉しかった。
※親としての責任を軽視するわけではありませんし、もちろん父がそうであったわけではありませんよ!

まぁ私に関してはそもそも「父として」なんて言えるような人間ではありませんから、マイペースにやっていきたいな~と思っていたりなんだり。

ということで、私が父を尊敬する部分はうまく活かして接していければな~なんて考えています。人間万事塞翁が馬ちゅーて、ボンクラな親の元に生まれた子の方が案外しっかり育つもんですしね。親はなくとも子は育つっちゅーて、育てるなんてそんな偉そうな事いえませんので、子どもに育ててもらうくらいの気持ちでやっていきたいな~と思っています。

まぁなんの話だって話ですけど、ほんと父と母にはありがとうですね。
うちの両親は最高の両親やでぇ!

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