安売りの行列
先日、スーパーに行ったらドーナッツ屋さんに長蛇の列が。
2011-10-03 07:05:28
入力時間 / 10:18
私は「待つ」のが大嫌い。信号待ちなんかも嫌い。ましてや何かを食うために待つなんて考えられない。このせっかちな私の性格は父親譲りでして、父も待つのが大嫌いでした。あぁそれでよく夫婦げんかしてたな。
しかし、時には待たなくてはならないこともある。でもその待つという苦痛を上回る対価がなければ待つことなんてできやしない。近所のミスタードーナッツが80円だったんですが、びっくりするほどの長蛇の列。正気なのか!?と私は思いましたよ。いつもより10円、20円安いからってなぜ並ぶのだ。と一人ひとりを小1時間ほど問い詰めたい気持ちをグッと堪えて帰ってきたんですけどね。
美味しいラーメン屋でも寿司屋でも、待ってまでは食いたくない。例え安かろうが待ってまでは欲しくない。ただ「待つ」という行為は私には尋常じゃないほどの苦痛に感じられるから。なぜこんなにも待つ事が嫌いなのか。
時間を捨ててる感
それはおそらく時は金なりという言葉の通りだろう。待つとは時間を捨てる事と同義だからだ。時間を捨てるという愚行に見合う価値があるならよし。しかし、多くの「待ち」にはその対価が伴うようには到底感じられないから私は待つことが嫌いなんだろう。もちろんガイルを使う時は待ちますよ。その価値があるからね。
もし世界中のひとりひとりが時間に対する意識を改善したのならもっと合理的な社会になるのにね。
まぁ「待つ」という行為に私の理解できない楽しみがあるのかもしれないけど。
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