格闘ゲームから学ぶ自己責任論
私は格闘ゲームから多くの事を学びました。自己責任論もそのひとつです。自己責任論は自身の啓発のために用いるものであって、他者に強制するものでは無い点には注意が必要ですが。
2025-02-25 23:39:08
入力時間 / 15:07
ということでSF6みなさんやってますか!私はやってます!ということで12才くらいから格闘ゲームをはじめてはや幾年月。格闘ゲームからは本当に多くの事を学びました。
最近、巷では財務省解体という謎のムーブメントが沸き起こっているようですがどうしたんでしょうか。数年前の「日本死ね」に通じるナニカを感じます。こういった「自分には責任が無く、自分以外に責任がある」という考え方はあまりよい結果を生まないのでは、と私は常々思っています。
なぜなら責任が自身に無いとしてしまった場合、フィードバックループが発動せず、PDCAがサイクルしないためです。他者に責任がある場合、文句を言ったり批判をしたりする以外の建設的な行動が望めず、改善の見込みが低下します。
ということを私は高校生の頃、格闘ゲームから学びました。
格闘ゲームの強いキャラ・強い戦法
30年前の格闘ゲームはバランスも悪く、露骨に強いキャラクターや強い戦法・ハメ技などが多く存在しました。そんな環境で対戦を行うので、強いキャラクターや強い戦法にボコボコにされることは日常茶飯事だったんですよね。
強いキャラクターを使う友人に「強キャラ使うなよ!ズルいぞ!」と言うと、友人は「じゃあおまえも使えよ」と正論を叩きつけてくるのです。しかし、これは紛れもない真理だと私は当時感じました。
強キャラを使わないのは自分の責任・選択である
ということですね。それはズルいわけでも卑怯なわけでもなく、選択なんです。もちろんそれを選ばないのも自身の選択であり責任。文句を言うのはお門違いというわけです。悔しいのなら自分も強キャラを使ったり、ハメ技を使えばいい。もしそれをしたくないのであれば、技術を磨くしか無い。
責任の所在を自分以外に求めてしまうと前述の通り改善は見込めません。それが例えどれだけ納得し難いものであったとしても、自身の非を考え、改善や研鑽に昇華することがもっとも合理的なんじゃないかなと私は思います。
ということで私は理不尽なバランスの格闘ゲームを通じて、自己責任の重要さを学んだのでした。自己責任っていいよね!!
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